研究会報告「⼼理療法家の⽬−認知⾏動療法ではどのように⾒⽴てをするのか」(城戸俊介さん)
- 事務局 JAGT
- 6月7日
- 読了時間: 5分

日時:2025年5月29日(木)19時30分〜(オンライン)
発表:城戸俊介(つくばねカウンセリングルーム)
報告:三井こず枝
5月の学会オンライン勉強会「心理療法家の目-認知行動療法ではどのように見立てをするのか」では、対人援助に関わる方には必聴の視点を学ぶことができました。講師は公認心理師で病院臨床を中心に20年のキャリアがあり、厚生労働省認知行動療研修事業でスーパーバイザーを務める城戸俊介さん。私にとっては現在GNJのアドバンスコースを一緒に受けている仲間でもあります。(以降は彼のことをしゅんすけと呼びます。)タイトルからは認知行動療法の説明が中心となるかと思いきや、「心理療法家の目」がメインでした。
最初に「Primum non nocere」というラテン語を紹介されました。「まず害するなかれ」という意味で、カウンセラーやファシリテーターとしての大原則として伝えてくれました。これは当たり前のことのようですごく難しいことです。後半のディスカッションでも出ましたが、人が人と関わる以上傷つきが起こる可能性は常にあるからです。社会では見せることのない自分自身の柔らかな部分に触れる場では、普段以上に繊細に敏感にならざるを得ないことは理解しておく必要があります。
しゅんすけがカウンセラーに必要だと考えていることは以下の3つ。
① 見立てをする
② 教育分析を受ける
③ スーパーバイズを受ける
①ですが、認知行動療法や教育分析の見立てはそれぞれ違うそうです。今回は認知行動療法の見立てについて。それはクライエントを知り、その方に合った方針を立てることで、以下5つで構成されています。ケースを紹介しながら上記がそれぞれどのように使われるのかを説明してくれました。
・横断的理解(その方が今、どんな問題を抱えているのか)
・縦断的理解(その方がどんな人なのか。どんな人生を歩んできたのか)
・目標を立てる(例えばうつだと、うつが治ったら何をしたいのか)
・作業仮説(どうしてうつになったのか)
・治療プラン(治療方針を立てる)
②③は社会的にプロの心理士であるしゅんすけの経験から、カウンセラーが自分自身を知り、セッションを振り返り続けることが必要なのではないかという思いから生まれています。
「プロとなんちゃってカウンセラーの違いってなんだろう」
「資格がプロとしての安全や質を担保するわけではない」
しゅんすけの病院にはなんちゃってカウンセラーのところに行って、病状が悪化するなど大変なことになった方が来られるそうです。そしてなんちゃってカウンセラーはそのことを知らない。しゅんすけの話から、その人やご家族と関わる中でいろいろなことを思い感じたことが伝わってきました。カウンセラーが自分自身を知り、振り返り、ブラッシュアップをし続けることが「Primum non nocere」という謙虚さにつなるのだと。
また、しゅんすけがシェアしてくれた、彼が学んだ分析家や先生の言葉も本質的でした。
「カウンセリングは、いる。わかる。しない」
「信頼は相手から贈られるギフト、こちらからねだるものではない」
後半のディスカッションも様々な意見が出ました。私はしゅんすけが講義中に「ゲシュタルトには限界がある」と言っていて、それがどういうことか聞きたく質問をしました。それはゲシュタルト療法は神経症の人には合っているが、統合失調症など病状によってはリスクがあるということでした。その他に以下のような意見がありました。
・ワークショップでは同意書を取っている。
・ワークショップの参加条件に、治療中の方は医師の承諾を取ってからなどのラインを引いている。
・ゲシュタルトをクライエントというよりファシリテーターである自分の方に使っている。(自分に何が起きているのか、自分の気づきに目を向ける。怖いと思ったらこれ以上進まないようにする)
・ワークショップに初めて参加する人とは、事前のメールのやりとりの回数を増やして相手を知ることを大切にしている。
などなど。
今回の勉強会は私にとってタイムリーなテーマでした。アドバンスコースでCFOに取り組む中でファシリテーターの加害性について考える機会があり、私の中でずっと引っかかっていたからです。
私自身セッション中にセラピストの真剣さから来る一言に傷ついたことがあります。(ちなみにそれはゲシュタルト療法のセッションではありません。)まだ心理セラピーを受け出した頃でした。私はそのことについてカウンセラーには何も言わず、契約したセッション回数をこなし、それ以上の継続はしませんでした。相性が合わなかったと言ってしまえばそれだけのことですが、今はそのカウンセラーが私のプロセスよりも結果を見ていたことがわかります。
講義中にしゅんすけが何度か「謙虚であること」と言っていました。とても大切でとても難しいことです。私はCFOのFの時に「なんとかしなくては」という頭が働きます。その時の私は、いまここに、Cと共に、謙虚さと共にいません。小さいころから「なんとかしなくては」と対処して生きてきたことが、私のサバイバルスキルとして血肉になっており、そう簡単に横に置くことができないからです。
クライエントと共にいる
我汝
その時私たちは私たちを手放して、ただそこに起こっていることを体験し共有している
私はクライエントを置き去りにしたくないし、急がせたくはない。気づきは起きるかもしれないし起こらないかもしれない。その方のプロセスを大切にしたい。
そしてファシリテーターとして腰が引け過ぎてしまうことも違うと思っています。クライエントのチャレンジを後押ししたい気持ちもある。その2つのバランスを意識することが大切なことだと思います。
悩みは尽きませんが、ファシリテーターとしては悩み続けることは必須なのかもしれないと今回の勉強会で感じました。フィードバックでいろんな意見がありましたが、それぞれの発言に「私は『今は』こう思う」という不確定さを感じました。この揺らぎがファシリテーターを成長させてくれる。そんな気がしています。




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